フリードは確信していた。あの様子なら、彼らはまた追ってくるだろうと。
リコが彼女の祖母から受け継いだペンダント。彼ら――エクスプローラーズの狙いがそれであることは明白なのだ。
「さて、と」
操舵室の大きなガラス窓から流れる雲を眺めて腕を組む。
“敵”が余程の方針転換でもしない限り、この状況は変わりようがない。ペンダントを手放せば追われることも無くなるだろうがそれでは本末転倒だ。今追いかけて来ている一派を何某かの手段で足止めできたとして別の追手に代わるだけだろう。根本的解決は、現状では見出す事ができない。それならいっそ、
「籠絡、しちゃう?」
アメジオという少年。真っ直ぐで生真面目な性格に見えた。一体何だってあの悪名高い組織に傾倒してるんだ。そこがもしかしたら、突破口になりえるのではないだろうか。フリードはそう思考する。誘い込んで捕獲して説得して……どうだろう、現実的ではないかも知れない。
いずれにしろ、このままあの黒いレックウザを追いかけて行くには燃料や水、食料の補給も必要だ。いかんせんこのブレイブアサギ号、ご覧の通りの巨体で、停泊していれば結構目立つ。
「ま、考えても考えなくても等しく腹は減るもんだ。一旦この近くの港に降りるか」
なあキャップ、と相棒のピカチュウを振り返る。
「ピカッ!」
キャップがフリードの呼び掛けに答えたわけではない事は、キャップの指し示す先のレーダーの様子ですぐにわかった。この飛行船からそう遠くない場所に何かいる。すぐ窓を向き目視すると、そこにエアームドとおぼしき姿が見えた。見覚えのある制服を着た人影付きだ。だが。
「一人……?」
しかも、それはむしろ飛行船から遠ざかって行く。
三人組のはずだ。いつもなら追いかけてくる“敵”が、こんなに目立つ標的に見向きもしないなんて。
「何かあったかな?」
フリードはそう確信する。
傍らの相棒に目配せすると、彼はキリリと表情を引き締めて取り舵を切りはじめた。
港に船を停泊させると、フリードは仲間たちに後を任せて街の方へと足を向ける。あの人影……おそらくアメジオの手下が飛んできた方角からしてこの街に違いない。当てがあるわけでもないが、悪者は日陰を好むものと相場が決まっている。裏路地へと入る。さてそれで、見つけてどうするか。何かトラブっているならうまく弱みを握れるかも知れない。怪しい呼び込みを軽くあしらいながらあたりの様子を伺っていると、今日も勘は冴えている。見覚えのある顔が立ちふさがるように目の前に飛び出してきた。
「フリード博士、今は戦う意志はありません」
フリードが口を開く前に目の前の男は両手を顔の横に上げ降参を示してくる。
「信じると思うか?」
「信じてもらうしかありません。一緒に来てはいただけませんか」
それはまるで、主人であるアメジオに相対するのと変わらない恭しさで。なるほど先だっての非礼とは随分な変わりようだ。
そのアメジオは、だ。
「お前のボスが、どうかしたのか?」
男が顔を強ばらせる。
「貴方は誠実な人だ。たとえ敵であっても。アメジオ様を助けて下さい」
随分と深刻な声色だ。だが演技かも知れない。一瞬だけ、フリードは考え頷いて見せた。
「なるほど? 人助けとあらばやぶさかではないな」
罠である可能性を完全に捨てきれるほどお人好しでもないが。
「怪我でもしたのか? 医者に連れて行ったらどうだ」
「それで済むなら、とっくにそうしている」
苛立って声を荒げた男が、すぐさま我に返り「すみません」と小声でつぶやく。一刻の猶予もない状態、と言うことだろうか。
「オーケー、わかった。案内しな。ただし、状況を見てみないと協力できるかはわからないぜ?」
裏路地に面した安宿の一室。その粗末なベッドにアメジオは横たわっていた。
熱があるのか赤い顔をして、浅い呼吸を繰り返している。意識はあるのか無いのか、覗き込もうとしたら背後から声が飛んできた。
「今は、薬で眠ってもらっています」
男――ジルが歩み寄ってくる。それからアメジオに掛けられていた薄っぺらな毛布をそっとめくって見せた。おそらく呼吸を楽にするために弛められたのだろう、シャツの前ボタンは外されくつろげられている。露わになった白く薄い腹の柔肌に、それは異様に目に付いた。
「“のろい”の一種です。貴方ならご存知では?」
赤い痣のような奇妙な模様が下腹部に浮き上がっている。
本来違法行為だが、人の手によってポケモンが改良され、人間に都合の良い道具として利用される事がある。それはたとえばこんな風に、思い通りに人を操る“のろい”を掛けるためだったり。
人の世界には、いろんな闇がある。
そういった良からぬ輩の生み出したものの一つがこれだ。
この“のろい”を身体に刻まれた人間は、性行為無しにはいられないセックスマシーンとなり果てる。売春に身をやつす性奴隷の完成というわけだ。
ポケモンも人間も都合の良い道具としか思わない非人道的な輩が、悲しいかな世の中には掃いて捨てるほどいるのだ。
「一体、何だってこんなもの……」
フリードは絶句した。
「アメジオ様は個人プレーを好まれるので、組織の中で反感を買うことも少なくなく……」
「じゃあ何か? 仲間にやられたって言うのか?」
「任務失敗の罰……という名目のリンチです」
「何だそれ、全然笑えない冗談だな」
まだあどけなさすら感じる少年に。
「どうにか隙を見て連れ出すことができたので、“のろい”を掛けられただけで済んでいます。でも解除するには……」
その先は、フリードにも察しがついている。乱暴に言えば、セックスすれば治るのだ。
「いや、うーん、でもな、お宅のボスはそれでいいと思うか?」
「俺には貴方以上の適任は思い浮かびませんが」
ポケモン絡みの造詣の深さを買われているという事だろうか。それは素人に比べれば多少はそうだろうけれど。
「俺が来なかったら、どうするつもりだったわけ?」
「コニアを報告に向かわせました。すぐ近くにいるのはわかっていましたので」
だから貴方は来たでしょう? とジルは言った。コニア――もう一人の手下の事だ――を囮にフリードを陽動したという事だ。仮にフリードが引っかからなかった場合は、最終手段としてコニアが本部の信頼できる人間に対応を依頼する手筈になっていたのだと。それから、これはフリードの憶測だが、おそらくこの状況を女性であるコニアには関わらせない配慮もあったのだろう。
フリードがこめかみに手を当て逡巡していると、不意にスマホロトムが鳴り出す。着信画面を確認すると、グッドタイミングとばかりに通話ボタン押した。
『ちょっとフリード、あんたどこで油売ってるのよ。近くにエクスプローラーズがいるかも知れないってのに』
今、そのエクスプローラーズと一緒にいると言ったらどんな顔するだろうな。どう説明したものかとフリードは言葉を探す。
「あー……モリー、実はちょっと相談があるんだがな……」
いずれにしても医療に長けたモリーの手助けは必要になるだろう。最初に話を通しておきたい。
一旦表通りまでモリーを迎えに出ると、フリードは宿への道を引き返す。とても女性を一人で歩かせる事の出来ないような薄暗い路地だ。そんな道すがら、モリーも多少覚悟を決めた表情を浮かべている。それから例の部屋に通されたモリーは、案の定驚いた顔でフリードを見た。
「どういうこと?」
そこに寝かされているアメジオと、そばに控えていたジルとに目配せをして声を潜める。
「まあちょっと、これを見てくれ」
これも医療行為だ許してくれ、と誰にともなく心の中で詫びながら、自分がされたのと同じように掛け布を捲って見せる。それを見たモリーは一瞬呆気にとられるが、すぐに理解して険しい表情を浮かべる。
「あまり気持ちの良い状況ではないみたいね」
「やっぱり、わかる?」
医療者として場数を踏んだモリーだから実体験として知っているだろうと思った。顰められた眉を見れば、およそその憤りは想像に難くない。
「この“のろい”は何度も重ね掛けされることで強化されるの。掛けられるのは今回が初めてだと言うのなら、身体の回復にはそう時間はかからないと思うけど……」
“のろい”の効果は性行するごとに弱まっていく。そして効果が完全に消える前に“のろい”を掛け直せば、やがて強化された“のろい”は解除が難しくなり、肉体も精神も蝕まれて行くのだ。ひたすら“治療”に専念すれば、アメジオは完全に回復することができる状態にある。
「心の傷はそうは行くまいな」
いや、俺は構わないんだけど。とフリードは頭を搔く。
整った顔立ち。少年から青年へと成長する過程の束の間にしか存在しないどこか中性的な体躯。これに魅力を感じないと言えばだいぶ痩せ我慢になる。だが本人の意思を確認できないままでは首を縦に振りがたい。少なくとも敵対するフリードに情けを掛けられたいものだろうか。
「まあしかし、このまま見捨てるわけにはいかないよなあ。人として」
それは自分の中の正義に言い聞かせるように。
「治療をするなら、ブレイブアサギ号に連れて行きたいところだけど。ここは環境が良いとは決して言えたものじゃないし」
たばこのヤニや埃にまみれた部屋をモリーは一瞥する。
「いやあ、流石に連れては行けないだろう」
リコがいるのに。口には出さなかったが、それはジルにも伝わったようで。
「我々はペンダント奪取の任務から外されました。今は捕らえる理由がありません」
曇りのないまっすぐな視線でフリードを見据える。組織の利益より主君の尊厳、というわけか。
「よし、わかった。アメジオは少し預かろう」
こうしてアメジオは密かにブレイブアサギ号の空き室へと移された。治療が完了すれば知らせると、ジルには宿で待機してもらう。
「薬で眠らせている」と言っていた。アメジオにとって見知らぬこの部屋で目覚めた時、彼は一体どんな反応をするのだろうか。
その少し熱っぽい呼気をまとう寝顔を見つめる。いっそ寝ている間に済ませてやろうか。その方が傷つかないのかも知れない。いずれにしても、やることはやるのだし。しかし一方でフリードはまだ迷っていた。本人の意志が介在しないなら、この“のろい”を掛けた輩と何が変わるだろう。
赤みを帯びた頬にそっと触れる。と、身じろいで、アメジオはまぶたを上げた。
「おはよう、具合はどうだ?」
外はもう日暮れに差し掛かり薄暗かったが、眠り姫の目覚めに相応しい挨拶を口にする。ホッとした。罪を犯さずに済んだ、そんな気分だった。だがその安息も束の間。
「あ、あっ、んん……っ」
アメジオは自分の身体を掻き抱き身悶える。アメジオに掛けられた“のろい”が彼を蝕んでいることは一目瞭然だ。
「落ち着いて、大丈夫だ。今楽にしてやるから」
フリードは躊躇わなかった。こうなることは想定の範囲内だ。すぐさまアメジオの身体を抱き寄せ、下腹部へと手を滑らせる。情緒などとほざいている場合ではない。陰茎を握り、優しく扱いてやる。
「や……あっ、っ」
鼻に抜ける悩ましい声。アメジオは、いくらも保たず吐精する。
まだ成熟しきっていない滑らかな雄芯がフリードの手の中で震えている。なんという背徳感だろうか。心を精一杯フラットに保つ事にフリードは苦心した。
やがてアメジオの朦朧としていた双眸が微かに光を宿す。それから、ようやく己の状況を把握した様子で身体を強ばらせた。
フリードは濡れたタオルで優しくアメジオの身体を清拭していた。
「なぜ……」
その疑問は当然だろう。だがどこから説明したものか。
「具合はどうだ?」
アメジオは、フリードと自分の身体を交互に見ていた。アメジオの下肢は開放的に白日の下に晒されているし、この状況でアメジオが取り乱す覚悟をフリードはして身構える。
「最悪だ」
思ったより静かな声だった。絞り出すような少し掠れた声。そこには、悔しさも滲んでいただろう。およそ年頃に見合わぬ冷静さだとフリードは思った。それがなんだか、かえって痛々しいとすら思う。
アメジオは自分の下腹部に浮き出た赤い痣――淫紋を手の平で覆う。それから苦しそうに眉を顰め、眼を閉じた。湧き上がる衝動をやり過ごそうとしている。
「……っ、ふ……ぅ……」
下腹を触れていた手は、自然と更に下方へ移動している。フリードの目の前で、アメジオはやおら自分を慰め始めている。理性が麻痺しているのだ。こんなものを見せつけられて、フリードの心にわき上がってきたのはまず犯人に対する怒りだった。
「それじゃぁ、苦しいだけだろう。ほら」
目じりに涙を浮かべながらアメジオが懸命に撫で擦るそこへフリードは手を差し伸べる。
「自分でやってもイケないんだ。これは、俺に任せて」
アメジオを横抱きに抱え込むようにして、耳元で静かに言い聞かせる。フリードの大きな手で慰められ始めると、アメジオは救われたような表情を浮かべうっとりと目を細める。
彼は、自分の身に起きた仕打ちを理解して受け止めている。だから自分も許されている。正気かどうかも定かではないアメジオを蹂躙する行為を、自分を正当化しなければとてもやり遂げられないことを、フリードは思い知らされていた。こいつはまだ未成熟で、しかも男で、到底性愛の対象になる存在ではない筈だった。
(あてられちまったかな……)
華奢な腕でしがみつかれ、首筋に切ない吐息を浴びて、フリードはこみ上げてくるどす黒い熱を必死に堪えた。それでどうにかアメジオをイカせて、疲労のせいかすぐに眠りに落ち寝息を立て始めたのを確認すると、深い深いため息をついた。
外の空気を吸いにデッキに出る。あたりはすっかり夜の闇に包まれていた。
夜風を受け、目を細め遠い星をぼんやり眺めていたら、背後から聞き慣れた声が飛んでくる。
「疲れたんじゃない? 代わろうか?」
心配で様子を見に来たモリーだった。
「いやぁ、そうほいほい任せられるもんじゃないだろう。ありゃあ」
「ふうん、可愛くて仕方ないんだ」
なにやらニヤニヤ言って来るものだから、フリードは方眉を釣り上げる。
「そんなわけあるか。一応女性のモリーにはだな」
「“一応”は余計だよ。私を何だと思ってるのさ。医療行為にそんな配慮はいらない。ねえ、それより」
モリーはそこで、本当に哀れむような顔をして、
「フリード、あんた自覚無いの?」
と言ってきた。
自覚、とは。
「まあ、そりゃ、疲れてないと言えば嘘になるな。手こきで処理してやるんだけどこう、回数重ねるとイクのに時間かかって……」
「ちょっと、さっきの“一応女性”への配慮はどうしたんだい」
気心の知れた仲間との会話に肩の力が抜けて行くのがわかる。だがその安息も次のモリーの言葉で急転する。
「抱いてやったら? その方が、早いよ」
遠慮がないにも程がある。
「いや、いやちょっと待て。モリー、あれは綺麗な顔してるが男だ」
「やり方知らないの? そんな訳無いでしょう。カマトトぶって」
「待って」
矢継ぎ早にモリーに責め立てられても、フリードは返す言葉を見つけられない。一方「待って」と言われたモリーも律儀にそこで言葉を止めている。
もしかして、今怒られてる? 自分の何が落ち度なのか、フリードはてんで思い当たりがない。こめかみに手を当て思案するフリードに、モリーはため息ひとつこぼしてこう言う。
「あの子を早く解放してあげたいなら、覚悟決めな。どのみちあんな調子で中途半端に放り出したらどうなるか、わからないわけじゃないだろう?」
悪戯をして母親に諭される子供みたいだ。だがそうだ、ここまで来て躊躇して治療が不完全に終われば、悪意ある人間の餌食になって終わりだ。
「ま、手助けが必要ならいつでも言ってよ」
答えを見つけられないままのフリードを残し、モリーは船内へと帰っていった。
「覚悟……か」
アメジオを寝かしつけた部屋へと戻る。もう起きているかもしれない。また苦しい思いをさせていたら可哀想だ、とドアのレバーハンドルに手を掛けて。フリードは一旦そこで動きを止める。予想通り中でアメジオが目覚め動き出している気配がする。
覚悟。
罪悪を受け入れる覚悟、か?
フリードは静かにドアを開け、室内に入る。アメジオはベッドの上で、悩ましく身を捩り自らを慰めているところだった。
「いや……どうして……っ」
フリードがそこにいることなどまるでお構いなしに陰茎を擦り、もう一方の手は、懸命に後方の孔をかき混ぜている。
「イキたい……っ、イカせて……っ」
苦しそうに涙を滲ませて。
フリードは粟立った。助けたい。助けなければ。
「アメジオ」
ジャケットを脱ぎ捨て、歩み寄る。名前を呼ばれたアメジオは、それだけで目を細めうっとりと喘ぐ。
傷つけたくなかった。治療が終わり本来のアメジオに戻った時に、それが心から望んだ行為では無かったと厭われるのが嫌だった。だけど今、彼を助けない事の方が余程彼を傷つけているのではないか。
フリードはアメジオが彼自身を慰めていた手を取り、恭しく口づける。
「今、楽にしてやるから」
それから、抱き寄せて耳元に口づける。頬、顎、首筋へと唇を這わせ、舌で撫で。
「ん、ふ……っ」
アメジオは焦れた様子で身じろいだ。それはもどかしいだろう、こっちはもう完全にできあがってる。
「俺の準備ができるまで、ちっと待ってな」
悪いな、と言いながら鎖骨を冷やかし、胸の先端を舐る。
「あっ、くふ……っ」
ここもちゃんと感じるんだな、などと思いながら、しばしとどまり、堅くしこった突起を舌で弾いたり甘噛みしてみせる。刺激されるたびアメジオの身体はビクビクと震えた。
その間に、フリードは自身を取り出し充血を促していく。同性を相手にどこまで奮い立つものかと最初こそ及び腰だったが、取り越し苦労だった。今、自分の腕の中で、こんなにも健気に求めてくるアメジオを、例えそれが“のろい”の作用に他ならないのだとしても、可愛いと思う。手放したくないと思う。それが愛とか恋とかいうものではなかったとしても、今はそれで十分だ。
「は……っ、悪いな、行くぞ?」
おもむろにアメジオの太腿を割り開かせると、フリードは十分に勃ち上がったそれの先端を、よく熟れた後孔にあてがう。アメジオの唇が「はやく」と動いた。フリードはゆっくりと腰を進める。
「あ、あ……ぐ、……っ」
細い腰を逃げないように両手で掴み、ゆるりゆるりと押したり引いたりしながら進む。わかっていたけど、結構狭い。どうにか力を抜かせようとわき腹や臀部を撫でたり、頬や首筋にキスしたりして、ようやく全部埋めることができた。こんな、華奢な身体で。浅い呼吸でなにかをやり過ごそうとしているアメジオを、フリードはそのまましばし眺める。
「はぁ……も、動いて……っ」
痺れを切らしたアメジオが困ったように腰をもじつかせ催促してくる。ヤバイ。思いのほかこれはクル。フリードは苦笑して、それから無言でグリグリとそこを擦り潰す。アメジオの薄い唇から歓喜の声が漏れる。その心地よい声を聴きながら、徐々に大きくグラインドしていく。
「どうだ? イケそうか?」
普通ならそんな事をセックスの最中に聞く男は嫌われるだろう、と、どこか冷静でいたい自分が俯瞰してくる。先に果ててしまうのは少し決まりが悪い。それくらい、アメジオに夢中になりそうだった。
「んっ、イ……っく、イク、い……ぁっ!」
フリードがひときわ深く打ちつけると、アメジオは甲高く鳴いた。深く咥えたまま微かにその身を震わせている。良かった。これで大人の矜持が保てる。フリードはしばしアメジオの中に留まって、それから自身を引き抜くとアメジオの白く薄い腹の上に吐精した。その白く薄い腹を彩る紅い印を白濁が覆う。
それから二人はしばし無言で、互いの荒い呼吸だけを聞いていた。
フリードの目を覚ましたのはマードックからの通信だった。
『朝飯できたから取りに来い』
それでフリードは傍のアメジオを起こさないようにそっとベッドを抜け出し、食堂までやってきた。
昨日は休む間もなく発作を起こすような有り様だったが、あの後二、三度むつみあった後にどうやらピークは過ぎたようで、夜明け前には二人とも眠りにつくことができた。
「よう、色男。あの坊やに朝飯持ってってやりな」
若干ふらつく足取りのフリードを見てマードックがガハハと笑う。一人分の食事が増えるのに、コックに知らせない訳にもいくまい。
「頼むからその話、子供達にはくれぐれも秘密だぞ」
強張った顔に乾いた笑いを貼り付けて、フリードは差し出された朝食のプレートを受け取る。
「馬鹿言え。俺だってそこまで野暮じゃない」
だから子供たちが起き出す前に呼んだんだろう、と笑う。
「坊やに食べさせたら、食堂に戻って来い。スペシャルなの用意して待ってるからな」
そして「とっとと行け」と食堂を追い出された。
この船の連中はリーダー使いが荒いぜ、と心の中で独りごちた。
アメジオのいる部屋に戻り、ノックもせずに中へ入ると、アメジオは上肢だけ起こして、船特有の丸い窓から外を眺めていた。
「朝飯だ。食えるか?」
ベッドサイドのローチェストに食事のプレートを置く。アメジオはゆっくりとフリードを振り返り、何か言い掛けて一度言葉を飲み込む。
「食欲が無い」
下腹を抑え、何かを堪えているように眉をひそめて。随分落ち着いたように見えたがまだまだか。フリードはベッドの縁に腰を下ろし、アメジオの頬にキスをする。
「我慢しなくていい」
アメジオは多少の理性も戻ってきたようで、一瞬身体を強ばらせ、それから気まずそうにコクリと頷いて見せた。それを見てフリードは遠慮なく腰を引き寄せる。
今となっては勝手知ったるアメジオの身体である。申し訳程度に羽織られた寝衣に手を差し込みまさぐる。あちらこちらにぽつぽつと残る吸い痕。何度も交わった窄みは幾分赤く腫れぼったくなっている。朝の爽やかな光の中で、ここだけが背徳的で淫靡だ。もはや躊躇することもなく臀部を鷲掴みし持ち上げると、対面に跨がせて腰を下ろさせる。「んっ」と鼻に抜けるアメジオの息。抱きしめて、髪を撫でながらゆすってやると、アメジオはたまらずしがみ付いてくる。それがフリードには妙に愛おしくて。
こうしてると、まるで恋人同士みたいだ。
恍惚に瞳を蕩かせているアメジオをフリードは見つめる。一瞬目が合い見られていたことに気付いたアメジオは目を見開いて、また何か言いかけて飲み込んですぐ俯いてしまった。
「『よそ見をするな』じゃないのか?」
からかい半分に耳元で囁いたら、アメジオは声にならない声をあげてビクンと跳ねて達してしまった。キュンキュンと絡みついてくる柔らかな粘膜に持っていかれそうになる。それからやがて、その小さな肩の力が抜けるまでフリードはただ黙って抱いていた。
アメジオは顔を伏せたまま深く息を吐き、フリードの胸を押し身体を離す。
「食事……するから、一人にして欲しい」
今にも泣き出しそうに見えた。口元を手で覆い、フリードから視線を逸らしたまま。
「そうか、わかった。無理はするなよ」
着衣を整えると、フリードは言われるまま部屋を出た。
そりゃそうだ。恋人でもない男とこんな、恋人ごっこみたいなこと。
もしかしたら、アメジオには心を寄せる相手がいるのかも知れない。徐々に“のろい”の力が弱まり、正気を取り戻してきたことで辛くなってきたのではないだろうか。
そんな事を考えながら食堂に入ると、ちょうどリコとロイが朝食を取っているところだった。
「おはよう」
「おはよう、フリード」
キラキラとした四つの瞳がこちらを見ている。今はなんだか、純粋な二人が眩しすぎて目を背けたくなる。
「ああ、おはよう。リコ、ロイ」
フリードは二人から少し離れた斜向かいの席に腰を下ろす。すぐに調理場の方からマードックがやってきた。
「ほら、スペシャルモーニングだ」
目の前に置かれたプレートの上には、ガーリックソースのたっぷりかかった厚切りステーキにアボカドのディップ、ウナギの蒲焼き、オイスターソテーと朝から濃厚な料理が所狭しと乗っている。
「わあ! フリードの朝ごはん、すごいね!」
ロイの眼差しがいっそうキラキラ輝く。一方リコは、流石に少し様子がおかしい事に動揺し始めている。フリードはただ笑うしかできなかった。
それからしばらく、アメジオの“治療”を目的とした身体の関係は続いた。
アメジオに求められればすぐに抱き、落ち着けば身体を拭いたり食事をしたり、真夜中子供たちが寝静まった頃には気分転換にデッキや展望室に連れ出してみたりもした。
最初のうちは心ここにあらずという様子だったアメジオも、その身に刻まれた禍々しい赤が桃色に変わる頃には、発作のように性急に求める頻度も減って、かわりに多少の会話を交わす時間が増えた。その日の天気だったり食事の内容だったり、本当に他愛のない事だったけど。
時折、何か言いたそうに見つめるアメジオの視線に、フリードは気付いていた。水を向けても「別に」とそっけないばかりで。でも「元々そういう奴だから」と深く追及はしなかった。
踏み込んではいけない。
念じるように、言い聞かせるように、常に心の中でフリードは唱え続けた。
そんなルーチンワークのような淡々とした時間が幾日か過ぎて。
マードックのスペシャルディナーをどうにか完食したフリードがアメジオの待つ部屋へと戻ると、アメジオはベッドに横たわって手のひらを天井に掲げて、それを眺めていた。
「……考えていたんだ」
何をしているのかと問う前にアメジオが口を開く。フリードは「うん」と短く返事をしてベッドの縁に腰掛ける。
「目が覚めたら見知らぬベッドに寝かされていて、いるはずのないお前がいて、もしかして今俺は都合の良い夢を見ているんじゃないかと、思ったんだ」
ゆっくりと紡がれる静かな声を、ただ黙って聞いている。
「夢なら、俺の好きにできるんじゃないか……と、思って」
そしてアメジオはようやくフリードに目を向ける。熱を孕み潤んだ瞳が揺れている。
「でも……キスだけはして貰えないんだ……」
フリードは。
よもや自分がそんな感情を抱いていたことに、今この瞬間気付いてしまった。
アメジオは、敵だから。
アメジオは、男だから。
アメジオは、未熟だから。
そうやって距離を置いて、大人ぶって何でも分かってるふりをして。
敵だからとあの時見捨てることもできたのに、それをしなかったのは何故か。弱みに付け込んでいるようで居心地が悪かったのは何故か。答えはもうずっとここにあったのに、今頃気付くなんて。
「随分かわいい事言うじゃないか。俺に、キスして欲しかったのか?」
頭のてっぺんに雷が落ちたみたいに、身体中の体液が沸騰したみたいに。フリードはもういても立ってもいられなくなって、アメジオに覆い被さると唇を寄せた。腕の中のアメジオは緊張した様子で身を固くしていて、それがもう可愛くて仕方が無くて、ふにゃふにゃにニヤケた顔でアメジオの額にキスをする。アメジオは瞬間泣き出しそうに眼を見開いた。すかさず目尻に、耳元に、頬に、鼻に、それから口元に次々口付けて行くと、次第に身体の力も抜けてきて、そこで唇を軽く触れ合わせる。
「ふ……うぅ……っ」
まだ触れただけなのに、アメジオの息が上がっている。
可愛いなぁ。可愛くて、手放したくなくなってしまう。
固く閉じられた唇を舌でノックする。最初は戸惑っていたアメジオの唇がわずかに開くと、それを待っていたとばかりにまろび入る。歯列を抉じ開け、さらに奥へと進み、アメジオの小さな舌を絡めとり、吸い、甘噛みする。アメジオを気持ちよくさせてやろうとかそういった気遣いはどこかへ吹き飛んでしまって、これはもはやフリードの欲望そのものだった。甘美な果実を貪るように。思うさま味わって、それでもなお足りないと名残惜しみ離れる。ようやく解放されたアメジオは、息も絶え絶えにくたりとしなだれている。
一番怖かったのは、もう取返しもつかないほどに溺れてから手放さなければならなくなることだった。今はわかる。そんな心配をしてもとっくに手遅れだ。このまま、どうにかここに閉じ込めてしまうことはできないだろうかと夢想する。
少しして、息が整うとアメジオがまだどこかフワフワとした眼差しで言った。
「にんにく臭い」
どこか悔しそうに言うものだからそれがまた可愛くて。
「レモンの味が良かったか?」
でも嫌じゃないだろう? ともう一度唇を合わせていくと、今度はアメジオの方から、餌をねだる雛のように舌を差し出してくる。フリードはそれを優しく迎え、吸い立てる。
唇をアメジオの好きにさせている間、彼のゆったりとしたワンピースの寝衣の、裾から侵入して太腿を撫で上げていく。下着は身に付けておらず、剥き出しの滑らかな臀部に辿り着く。これまで必要以上に欲情しないよう自制していたから気付かないふりをしていたが、どえらいエロい。夢を見ているのはむしろ自分の方ではないかと眩暈すら覚えた。
「んっ、ふぁ……っ!」
懸命にフリードの口腔をまさぐっていたアメジオが堪えきれず喘ぐ。下肢を冷やかしていたフリードの手が前方へと這い、雄芯をもてあそび始めている。
「こんなに我慢汁垂らして……」
包皮勝ちのまだ成熟仕切らないペニスの先端から止めどなく溢れる透明な蜜を、指で掬って撫で上げて、撫で下ろして、その指を後孔に含ませる。
「んん……っ」
いつになく感情の乗った吐息が漏れる。浅い場所を意地悪くひやかしていると、焦れて膝を擦り合わせ始めて。
「どうして欲しい? アメジオ……」
耳に息を吹き込むように囁くと、アメジオは「ハッ」と短く息を吐き、深く吸ってから、答えた。
「フリードが、欲しい」
意図的か無意識かはわからないが、誘うように腰を揺らして。それが健気でいじましくて。
「やるよ。全部お前のだ」
もう先刻から痛いくらいに張り詰めていた自身をアメジオに挿入する。
「あ、あっ」
もう何度も、何度も交わったそこは、やわやわと締め付けながら奥へ奥へと誘ってくる。すっかりフリードを覚えた身体。一旦自身を全部アメジオの中に納め、そのままキスをする。馬鹿みたいに心が震えて、今、ようやく本当に一つになれた気がした。
それから、繋がったまま上肢を起こす。全部納めたそこからさらに腰をすすめて密着させて。
「ぁんっ、ふ……っ」
フリードがいる下腹を撫でる。
“のろい”の刻印は、もう一見すると綺麗に消え去っていた。それは、こうして共に過ごせる時間がもうすぐ終わる事を意味している。
おもむろに撫でていた指先に軽く力を込める。薄皮の外から探るように。
「ここまで挿入ってるぞ」
へそ下あたりに先端を見つけてぐいと押してみる。
「あっ、ゃ……っ」
薄い皮を潰される奇妙な感覚に身悶えるアメジオを見て、フリードは興奮した。そこから下方へ指先をスライドさせて。
「この辺……かな」
両手を添えてグッと押し込む。反射的にアメジオは白い喉をのけ反らせ喘いだ。
「ひぁっ⁉︎」
「んっ、当たり♡」
下腹を押し込んだままフリードは抽送をはじめる。一番善いところを内と外から刺激され、アメジオは声にならない嬌声を上げる。ビクビクとつま先を痙攣させ、手指はシーツを掻き乱し、なおも止まない強烈な快感に、きゅう、と身体を縮こめて、息を詰まらせる。今まさに絶頂を迎えている。
「ちょっと、もう少し我慢な」
すかさずアメジオの膝裏を腕に担ぐと、その薄い体を折り曲げるように押しつぶし、激しく突き上げる。
「〜〜〜っ♡♡♡」
フリードのそれが脈動し最奥に白濁を吐き出すと、アメジオはようやく強制的に引き延ばされた快感の波から解放された。
深く息を吐きくたりと弛緩するアメジオ。
うっとりと蕩け切った双眸をフリードが見つめる。
「エクスプローラーズなんかやめて、うちに来いよ」
まだ息の整わないアメジオは、黙ったまま。
フリードもそのまま口をつぐんで、二人はそれきり何も言わず、抱き合って眠りについた。
早朝。まだ明けきらぬ、夜と朝とが混ざり合う空。
アメジオはブレイブアサギ号のウィングデッキに立っていた。少し離れてフリードはその背中を見つめる。
昨夜までのしどけない姿はもはや見る影もなく、そこにいるのは“いつもの”アメジオだ。
やがて飛行タイプのポケモンが二体、上空から近付いてくる。エアームドに乗ったジルがアーマーガアを連れてデッキに降り立った。
「お世話になりました、フリード博士」
ジルが深々と頭を下げる。
「行くとこ無くなったらうちで雇ってやる」
いつでも戻って来い、と冗談めかして笑って言った。アメジオは背を向けたまま、アーマーガアの背に乗る。
「バリアの外に出た瞬間から、お前は敵だ。フリード」
行くぞ、と意地っ張りな背中が呟いて、大空へと飛び立って行った。
フリードは日が昇り明るくなった空をしばらく眺めていた。